公衆衛生のプロ、保健師ってどんな仕事?(吉原喬樹さん 長崎西高55回生-2003年卒)

長崎西高のOB/OGたちを紹介するサイト、WOW(West OB/OGs Wonderland)へようこそ!この記事を担当した、55回生の本多です。

今回は、同級生でサッカー部でも一緒だった55回生の吉原さんにお話を伺いました。

吉原さんは現在大分県の職員で、保健師というお仕事をされています。これまでのキャリアや、保健師の仕事内容など、詳しく教えてくれました。

■こんな人に読んでほしい

・なとなく医療系の仕事を考えている

・将来の夢とか特に無いけど、どうしようと思っている

55回生 吉原喬樹(よしはら・たかき)さんのプロフィール

福江中学校(五島市)出身

高校時代の部活動:サッカー部

大分医科大学(現:大分大学医学部)看護学科卒

大分県初の男性保健師として勤務中

膝のケガ、医療の道へ

ー(本多)今日はよろしくお願いします!真面目に仕事の話をすることなんてあんまりないので、ちょっと緊張しますね。

(吉原さん・以下敬称略)そうですね(笑)よろしくお願いします。

ー(本多)ではまず中学高校時代の話から教えてください。といってもある程度は知っているので、あらためて、ですね(笑)

(吉原)はい。私は五島の福江中学校出身です。親は消防士をしていました。親が公務員で姉は看護師をしています。そういう家庭環境もあって仕事は何となく公務員かなあ、ぐらいで考えていたと思います。

ー(本多)五島から西高は珍しいですよね。サッカーは中学からですか?

(吉原)そうですね、私の年は二人だったかな。中学でもサッカーをやっていましたが、部活動もそんなにちゃんと活動はしてない感じでしたね。

ー(本多)高校生の頃は、一人暮らしでしたっけ?

(吉原)いや、姉が長崎大学で看護師をしていて、一緒に住んでいました。

ー(本多)クラスは一緒になったことがないけれど、同じサッカー部でよく一緒に遊びましたね。

(吉原)そうですね、カラオケYOUに行ったり、アミュプラザに行ったり、週末はよく一緒に遊びましたね(笑)カラオケYOUまだあるのかな? (本多注:浜口町にあったカラオケ店。後日調べたら閉店していました・・)

本多くんはよく知っていると思いますが、西高では特に目立つようなタイプではなかったですね。部活に熱心だったかと言われるとそれほどでもなく、勉強も普通。具体的な目標も特になく、それを教えてくれるような人もいなかったなと思います。

進路選択もそれほど真剣には考えていませんでした。両親からは「手に職を」ということを言われていました。だからなんとなく工学部とかいいなあ、というぐらいです。

ー(本多)いわゆる普通の西高生って、当時はそんな感じでしたね。大学はたしか大分でしたよね?

医療系の単科大学の勉強と暮らし

(吉原)はい、そうです。センター試験が終わってからも志望校は悩んでいました。九州工業大学や福岡教育大学もいいなあ、とか。結局大分医科大学に進んだんですが、センター試験の結果を見てなんとなく決めたような感じです。

医療系の仕事がしたいという強いモチベーションがあったわけでもなく、看護師なら手に職つけられるかな、とか初めは軽い気持ちでしたね。

サッカー部で膝を怪我してリハビリに通っていたこともあったので、男性の看護師さんが多いということも知っていました。なので、看護師もありかな、と。今思えばもうちょっと色々調べておけばよかったなと思います。

人と話したり人を観察したり、そういう人と関わることは好きだったので、人と関われる仕事というのも一つの基準でした。

ー(本多)大分を選んだのはどうしてですか?

(吉原)九州内の大学がいいなと思っていて、医療系の単科大学だと九州だと大分、佐賀、宮崎の3つがありました。佐賀はすごく田舎のイメージがあって、宮崎も遠いので、それなら大分かな、と。

ー(本多)実際は結構そんなもんですよね、大学選びって。大学生活はどうでしたか?

(吉原)それなりに楽しかったですね。大分医科大学で4年間学んだんですが、看護系の大学はどちらかというと専門学校みたいな感じかなと思います。普通の大学生より夏休みも短いですし、実習や勉強がメインです。大学でもサッカー部に入ってそのつながりで近所の小学校でサッカーのコーチをしたりもしました。

ー(本多)一度大分に遊びにいって、僕も一緒にサッカーを教えたことがありましたね!懐かしい‥。医科大学の就職活動はどんな感じなんでしょうか?

(吉原)普通の就活とはちょっと違って、大学にいろんな病院から募集が届くような感じです。どこも結構人手不足なので、何なら旅費も出すよ、みたいな。

医療系の大学ってある程度ルートが決まっているので、大学に入りさえすればその流れに乗っていけるといういい面はあるかもしれません。流されやすい性格なので、総合大学に進んでいたら、パチンコ、麻雀・・・みたいな学生生活を送っていたような気がします。

看護師としてデビュー!でも・・

ー(本多)ちょっと想像がつきます(笑)たしか新卒では九州大学の大学病院に行きましたよね?

(吉原)はい。ただその時点でもモチベーションがそれほど高いわけではなかったですね。1年目でICUに配属されました。今は変わってきていますが、その頃は男性看護師は精神科や救急への配属が多かったですね。

ICUは毎日人の生死に直接関わる仕事です。覚悟の決まっていなかった僕はその環境になかなか耐えられず、、、1年経った頃に、やめようと思いました。それで大学時代の先生に相談をすると、「とりあえず大学院に来て今後のことを考えてみたら?」と言ってくれて、それで大分医科大学の大学院に入学することにしました。

ー(本多)ICU、僕には想像もつきませんが、とても責任感の必要な仕事ですよね。大学院ではどんな暮らしだったんでしょうか?

(吉原)大分医科大学の病院でアルバイトをしながら大学院に通うことができたので、それはありがたかったですね。大学院は、初めて自分から看護のことを勉強して、考えた2年間でした。自分は看護の中でも何をしたいんだろう?実習や勉強を通してそういうことを考えました。

たとえば、ガンの末期の患者さんの中には、自宅で最後を過ごしたいという方もいらっしゃいます。それで在宅医療や訪問看護に興味を持ちました。そういったことをきっかけに調べていく中で、地域での医療活動に携わりたいと思うようになりました。

ー(本多)訪問看護、なるほどです。結果的に訪問看護の道に進まなかったのは理由があるんでしょうか?

(吉原)今も訪問看護には興味を持っているのですが、色々調べていく中で、現行の制度の中では訪問看護師でしっかり生計を立てていく、というイメージが持てなかったんです。小さな企業が多いですし、実家が近くにあるわけでもなく、また男性として家族を支えていくと思うと、なかなか踏み切れなかったですね。

ー(本多)大事な仕事なのに、収入が多くないというのは、もどかしいですね。

(吉原)本当にそう思います。結局大学院を卒業してから、ガン治療に力を入れている大分の県立病院に3〜4年勤めました。そういった部署で働きたいという希望は伝えたのですが、配属されたのは循環器センターでした。

循環器センターは、糖尿や腎臓病などの患者さんがいらっしゃいます。そういった仕事をする中で、予防医学の大切さに気づきました。

ー(本多)興味深い話ですね。

(吉原)糖尿や腎臓病の患者さんって入退院を繰り返す方も多いんです。病院では自宅での生活指導のようなこともするんですが、なかなか本人の意志だけでは守れずに、再度入院というケースもあります。

病院でできるのは指導まで。これって本当に意味があるんだろうか?と考え始めました。病院の立場を離れることで、予防の面でできることがあるではないだろうかと考えて、保健師を目指しました。

大分県初の男性保健師に

ー(本多)男性の保健師は珍しいという話も聞きました。

(吉原)そうなんです。実は大分県の職員としては私は初めての男性の保健師でした。

ー(本多)すごい!周りが女性だけの職場って、ちょっと想像がつきませんね。

(吉原)大学時代から似たような環境でしたし、そもそも私は姉が二人という家庭で育ったので、そのへんは慣れているというか、それほど苦労はなかったですね。

公衆衛生のプロ、保健師の仕事って・・?

ー(本多)保健師って、どんな仕事なんでしょうか?

(吉原)私の仕事はいわゆる行政保健師です。保健師は一言で言うと公衆衛生のプロです。医療の問題というのは個々人の問題と思われがちですが、実は統計を見ていくと地域の特性というものが見えてきます。

そういった統計情報から、地域としてどういった健康維持増進活動に取り組むのかを策定するのが、行政保健師の仕事です。

ー(本多)なんだかすごく面白そうに思えてきました。

(吉原)それなら良かった。実は私はこの3年間新型コロナウイルス感染症対策の仕事をしていました。大分県は全国平均に比べて高齢化率が高く、県全体では30%、市町村によっては40%程度のところもあります。

そうなってくると、高齢化率が23%程度の東京とは対策も異なってきます。高齢化率が高い地区はどうしても医療体制が手薄になってしまうので、重症患者を増やさないことが大事です。

なので、重症化を防ぐ対策をこの3年間多く取り組んできました。例えば高齢者施設でな亡くなる方が増えた、ということがあったのですが、調べてみると、新型コロナウイルスが直接の原因ではなく、感染後にで体力が落ちたところで、誤嚥性肺炎で亡くなる方が増えていたんです。

誤嚥性肺炎は、口腔内の雑菌が増えていると起こりやすくなります。なので、重症化する人を減らすには、口腔ケアに力を入れた方がよい、というデータが出てきたりしているんです。

ー(本多)なるほど。人手が少ないからこそ、データに基づいた対策が重要になるんですね。全世界が対応に追われていた中で、日本の地方には、ある意味最先端のデータがあったのかもしれません。

(吉原)本当にそう思います。予算管理だったり地味な仕事もありますが、データから地域全体の特性が見えてくる、という面白さはありますね。

いろんな大人に出会ってほしい

ー(本多)とても興味深い話でした。実は僕も訪問看護などの地域医療にはずっと興味を持っているので、いつか何か、一緒に仕事ができると嬉しいですね。

(吉原)ぜひぜひ!

ー(本多)では最後に、現役の西高生たちに向けてメッセージがあれば、お願いします。

(吉原)そうですね・・。いろんな大人と話してみることを大事にしてほしいなと思います。私は大学を卒業して就職してから自分の仕事のことを真剣に考えるようになったんですが、その時も大学の先生であったり友人であったり、いろんな人と話すことで気づいたことや学んだことがたくさんありました。

何かに興味を持ったら、そういった仕事に携わっている方と実際に会って話してみる機会を作ってもらえたらなと思いますし、WOWがそのきっかけになったらいいですね。

いろんな大人の話を高校生の頃にもっと聞けていたら良かったなと思います。でも焦る必要もなくて、私のように、働き始めてからでも方向転換はできます。保健師という仕事があるなんて高校生の頃は知らなかったし、大学を卒業する時点でも自分が保健師になるなんて全く思っていませんでした。

あとは、人生の節目節目で友達には助けられることも多かったので、友達は大事にしてほしいなと思います。

ー(本多)高校生の頃は、こんな話をするようになるなんて思ってもみなかったですね。貴重なお話、本当にありがとうございました。

(吉原)こちらこそ!また東京出張の時は飲みに行きましょう!

ー(本多)ぜひ!

編集後記

行政保健師という仕事について、インタビューをさせてもらうまで、恥ずかしながら何も知りませんでした。

ひとくちに看護師といっても、大学病院と個人病院でも働き方は全く違いますし、どういった専門性を身につけるかでも、またキャリアは変わってきます。

だからこそ、実際にそういった現場で働いている方の話を聞いて仕事への解像度が上がると、思わぬところに自分の興味が見いだせるかもしれません。

「勉強だるいな〜、将来の夢とかないわ〜」なんて言いながらアミュプラザをぶらぶらしていたサッカー部の仲間たちですが、20年経ってみると、それぞれ皆自分の仕事にプライドを持って働いているように思います。

WOWの活動を通して、私や吉原さんのようないわゆる「普通の高校生」たちが、将来にちょっとでもポジティブなイメージを持ってもらえたら嬉しいです。

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